月下美人

月

「神子殿、ちょっといいかい?」
夕刻になって何もすることがないのでそろそろ休もうかと思っていたその時、あかねは友雅の優しく呼びかける声を聴いた。
「えっ、友雅さん?」
「まだ夢路へ旅立っていないのなら、現し世へと戻って来てくれまいか。」
(また友雅さんったらキザなことを・・・)
あかねは頬を赤らめながら御簾の向こうへと顔を覗かせた。
「どうしたんですか?友雅さん、こんな時間に・・・。」
「顔が赤いね、神子殿。」
「えっ?これはその・・・友雅さんがキザなことを言うから・・・。」
更に顔を赤くしてあかねがうろたえたように言う。
「きざ?それは何のことだい?」
「友雅さんがいつも言っているような恥ずかしい言葉のことですっ!」
動揺しているせいか、あかねはついつい怒鳴ってしまった。
「はははははっ。」
「友雅さん?」
「良かった。元気が出たようだね。」
「え?」
「近頃元気がなかったようだから気になってね。神子殿が沈んでいると陽光もその光を半減させる。」
「そんな・・・。」
友雅は穏やかだが多少沈んだような面持ちだった。
そんな場を取り繕うようにあかねは努めて明るく振舞うように言った。
「ところで、今日はどうしたんですか?」
「麗しき姫君のかんばせをひと目なりと拝見致したく参った次第。」
そういうと友雅は目の前に跪き、あかねの手を取った。
「姫君、よろしければこの私に月の世界へのお供をさせてはいただけないでしょうか?」
「えっ?月って?友雅さん。」
「行こう、神子殿。急がないと・・・。」
「ちょ、ちょっと友雅さん、一体何処へ?」
友雅にしては珍しく急いだ風であかねの手を引っ張って進んで行く。
今日は満月であろうか?
普段は暗い夜の京の町も、月明かりで明るく見える。
「着いたよ、神子殿。」
何処からかとても良い香りがしてくる。
「何だかとってもいい香りがしますね、友雅さん。」
「ごらん。」
友雅の視線の先を追うと、月明かりに照らされながら大輪の白い花が咲いていた。
まるでその花だけがスポットライトを浴びているようだった。
「うわあ、綺麗!」
「この花はね、夏の間戌の刻から亥の刻までしか花を咲かせないと言われているんだよ。」
「へえ、そうなんですか。じゃあ友雅さんはわざわざ花の咲いているこの時間を選んで・・・。ありがとうございます。」
「まるで限りある命を精一杯生きようとしているみたいだと思わないか?」
「そうですね。きっと短い命でも幸せなんでしょうね。こんなに綺麗な花を咲かせるんだから・・・。」
「幸せ?神子殿はそんな風に考えるんだ。」
「・・・?私、何かおかしいこと言いましたか?」
あかねはきょとんとした表情である。
「いや、神子殿らしいと思ってね・・・・・・。」
そのまま友雅は黙り込んでしまった。
辺りには大輪の花から香る匂いが立ち込めている。
沈黙に耐えかねてあかねは友雅に尋ねた。
「友雅さん、この花って何ていう名前なんですか?」
何かをじっと考えているようだった友雅がようやく口を開いた。
「この花はね、月下美人と言うんだよ。」
「月下美人・・・・・・。素敵な名前。正にこの花に相応しいですね。」
「そうだね。月下美人はわずかな時間に精一杯綺麗な花を咲かせるのだけれど・・・、朝になるとまるで月下美人などという名前など嘘のようにしぼんでしまうんだ。」
「でも・・・うまく言えないけど、私はこの花はとっても情熱的なんだと思います。だって、短い間でも命を燃え尽くすかのように大輪の花を咲かせるんだもの。」
「・・・・・・情熱・・・か。神子殿は以前、情熱とは諦めずにひとつのことをやり抜くことだと言ったね。」
「・・・はい。」
「この花もそうだと思うかい?」
「はい!」
そう言ってあかねはにっこりと笑った。
「そうか。神子殿がそう思うのならそうなのだろうね。私には当の昔に失われてしまったものだが・・・。」
するとあかねは突然、驚くほど大きな声を出した。
「そんな!違うと思います!友雅さんにだって情熱があるじゃないですか!」
あかねの思いがけない様子に、さしもの友雅も驚きに目を見開く。
「友雅さんは、普段はチャラチャラしているけど、八葉としての務めも立派に果たして・・・それにいつも私のことを見守ってくれていて・・・。」
あかねの目から思わず大粒の涙が溢れ出る。
「・・・神子殿。」
「私が困っている時、いつも陰ながら見守っていてくれて・・・。」
あかねには、それ以上言葉が続けられない。
「すまない。神子殿を励ますつもりが逆に私の方が励まされてしまったようだ。」
「・・・・・・・友雅・・・さん。」
そう言ってあかねは友雅の胸へと頭を預けた。
「友雅さんは本当は誰よりも情熱家なんだよ・・・。自分で認めようとしていないだけで・・・。」
あかねは友雅の胸元でそっと呟く。
友雅はそっとあかねの華奢な体を抱きしめた。
(確かに・・・神子殿のことを考えると、居ても立ってもいられなくなることがある。この橘少将ともあろうものが・・・。これが・・・情熱なのか・・・。)
友雅はあかねの言葉で、初めて自分の本質に気付かされた気がしていた。
(今まで認めようとしてはいなかったのだな、私は・・・。自らの奥深く眠る感情というものを・・・。)
今まで辺りを照らしていた月明かりがふと翳った。
雲が月の光を遮ったようだ。
しばらく沈黙の時が流れ・・・。
やがて再び月が明るく辺りを照らし始めた。
「・・・・・・あっ、ごめんなさい。友雅さん。」
自らが取った行動にようやく気付いたあかねが慌てて友雅から離れようとする。
友雅はあかねを抱く腕に力をこめると言った。
「もう少しこのまま・・・この月の世界で・・・現し世を離れて・・・。」
相変わらず友雅はキザで強引だなと思いつつ、あかねは再び友雅に体を預けた。

月下美人は夏の夜にたった3時間ほど、命を燃え尽くすように咲く大輪の花です。
しかも簡単には実を結びません。
元々メキシコやブラジルなどで自生していた花なので、気温が0度以下になると枯れてしまいます。
実際には室内でしか育たないでしょうね。
それから花が咲くのは7月以降です。
ゲームとは時間的にずれています。
この時代に既に日本に渡ってきていたのかどうかもよく分かりません。
その辺りの設定はいい加減です。^^;
でも友雅といえば月夜かなという気がしたので、こういった話になってしまいました。
う〜ん、超恥ずかしいです。
自分でもよくこんな話を書いたものだと思います。(笑)
もう読み直せないかも・・・。(^^;;;

2000.11.06


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