温もり
セフルが初めて龍神の神子を見たのはまだ肌寒さが残る時期だった。 「お館様が龍神の神子を・・・?邪魔者はさっさと消せばいいのに・・・。」 (でもお館様が望むことなんだ。お館様は龍神の神子を必要としている。見ていろ。僕が必ずお館様の元へ龍神の神子を連れて来てみせる。) セフルにとって龍神の神子などどうでも良いことだったが、心から崇拝しきっているお館様の言うことには従わねばならなかった。 (そうだ、お館様のおっしゃることに間違いなんてないんだ。) セフルは京の町へと出掛けて行った。 「ねえ、詩紋くん、ここでお札の話が聞けるんだよね。」 「うん、あかねちゃん。藤姫が確かにそう言っていたから、ここみたいだよ。」 「おい、さっさと話を聞いて帰ろうぜ。」 (あれは・・・。天地の朱雀・・・。ということはあの女が龍神の神子?でもまだ子どもじゃないか。) 自分の方こそ子どもであることを忘れているセフルであった。 (あれなら簡単にお館様の元へ連れて行けるぞ。) セフルはほくそえんだ。 (そして、またお館様に褒めてもらうんだ。認めてもらうんだ。) 初めて目にした龍神の神子の印象は、意外なものであった。 もっと神秘的な存在かと思っていたのに、明るい表情を見せる普通の少女に見えた。 天地の朱雀と共にいる神子の周りは穏やかな春の陽だまりのようだった。 そして、神子に屈託のない笑顔を向けられている自分と同じ金の髪に青い瞳の少年。 どう見ても鬼の一族にしか見えない少年が幸せそうに微笑んでいる。 セフルは心の中にチクリとした痛みを感じた。 「やーい、鬼の子!」 「あっちへ行っちまえ!」 「やめて、やめてよ!痛いよ!」 石を投げられているのは幼き日の自分。 何故髪の色や目の色が違うだけでいじめられるのか、幼い自分には分からなかった。 (何でみんな一緒に遊んでくれないの?) 身を守る術を知らなかったセフルは、泣きながら逃げ出すしかなかった。 そんな時、暗闇の中にいたセフルを救い出してくれたのがアクラムだった。 自分と同じ金の髪に青い瞳の人間が他にいるなんて知らなかった。 セフルはすがるようにその人物について行った。 そして自分は知った。京の人間とは違う不思議な力を持つ一族、鬼の一族。 自分がその一族の一人であることを・・・。 アクラムは鬼の一族の棟梁であった。 その力は一族の中でも群を抜いて素晴らしく、そして常に自信に溢れていた。 セフルにとってアクラムは・・・お館様は神にも等しい存在だった。 心にふと感じた痛みを忘れるように、セフルは龍神の神子をアクラムの元へと連れて行くための手立てを考え始めた。 (そうだ、神子が独りになった時を狙えばいい。あいつから神子を引き離してやろう。) セフルが憎々しげに見つめる先には詩紋の姿があった。 ある日のこと、あかねは独りで東寺へとやって来ていた。 (ここだったら藤姫の館からも近いし、いいよね。) 「あーあ、何だかまだ信じられないな。私が龍神の神子と呼ばれる存在だなんて。」 思わずため息をもらして、あかねは目の前に高くそびえる五重塔を見上げた。 「何だか修学旅行を思い出しちゃうな。みんな、元気かなぁ。」 つい懐かしいクラスメートのことを思い出して目が潤んでしまった。 (一体何をしているんだ?塔なんか見上げて・・・。) 物陰に潜んでいたセフルは、龍神の神子の様子が以前見た時とは違っていると漠然と感じていた。 ふと顔を上げた神子の目に光るものを、セフルは目にしてしまった。 (何だ?泣いている?) 何故かセフルは見てはいけないものを見てしまった気がした。 (何だ?この気持ちは・・・。今まで感じたことのない・・・。嫌だ、お館様・・・。) その時のセフルは自分を見失っていた。 あかねの存在を忘れて、駆け出してしまった。 あまりに気が動転していたせいか、普段の自分にはあるまじき失態をこの時、セフルは犯してしまった。 気が付くと、目の前に地面が見えた。 (くっ・・・) 少し痛みを感じて顔を上げると、思いがけない人物の顔が間近に・・・。 「大丈夫?」 「りゅ、龍神の神子!」 その名で呼ばれて少し驚いた風ではあったが、あかねは温かな手を差し出した。 「あなたは鬼の一族なの?」 「そ、そうだ。だから余計なことをするな!」 セフルは強い口調で叫ぶと、あかねの手を払った。 ビリッ! 布を裂く音がした。 龍神の神子は自らの着物を破ると、その布でセフルの膝をきつく縛った。 「血が出てるよ。救急法、学校で習ったんだ。一応これで止血はできたと思うけど、ばい菌が入るといけないから、後できちんと消毒した方がいいよ。」 そう言って微笑んだ神子の顔が何故か自分でも信じたことのない菩薩のように思えた。 セフルはその場で固まってしまった。 「な、何をしている!」 ようやく我に返ったセフルは思わず叫んだ。 「じゃあね、気をつけて・・・。」 そう言うと龍神の神子は立ち去って行った。 後には呆然とするセフルが取り残されていた。 藤姫の館へ帰ったあかねは藤姫の心配する姿を見て、ごめんなさいと素直に謝った。 着物が破れている理由を尋ねられるとあかねは、「ちょっとドジっちゃって転んじゃった。ごめんね、着物を破っちゃって。」 と言うのであった。 鬼の住処へと戻ったセフルは、アクラムに見つからないように膝の布を取り去った。 しかし何故かその布を捨てようという気にはならなかった。 セフルはそっと、自分の懐に布をしまい込んだ。 「セフル。まだ龍神の神子を連れては来ぬのか。」 アクラムが少々きつい口調で言った。 「はっ、お館様。間もなく連れて参ります。」 「では早速行動に移れ。お前はよく働く良い子だからな。」 「はい、必ずやご期待に応えてみせます!」 (今度こそ、龍神の神子を奪ってみせる。) その気持ちは心からのものであったが今までとは異なったものであることをセフル自信は気付いていなかった。 そう、アクラムに言われたからではなく、純粋に自分の側にいて欲しいという気持ちであったのかもしれない。 朱雀の2人は、セフルの目から見ても対照的だった。 天の朱雀はあからさまにセフルに敵対の目を向けたが、地の朱雀は違っていた。 少なくとも、上辺だけは自分と同じ境遇のセフルに対して同情の目を向けているように見えた。 (そうだ、あいつは・・・地の朱雀は・・・自分が幸せだから・・・だから僕に優越感を持っているんだ。龍神の神子と共にいられるから・・・。) 自分で考えていたことの異常さに、セフルは気が付いていない。 セフルはいつの間にか詩紋に嫉妬していた。 だからこそ異常なまでに詩紋への敵対心を燃やしていたのだ。 「行くぞ!地の朱雀!龍神の神子は我らがもらう!」 「ねえ、セフル。どうしても戦わなくちゃいけないの?僕達、きっと分かり合えるはずだよ。」 「うるさい!お前なんか消えてしまえ!」 結局その後、軍茶利明王に邪魔され、セフルは龍神の神子を手に入れることができなかった。 「しょせんお前ごときでは八葉の相手にはならなかったようだな。もう良い、下がれ!」 「そんな、お館様。もう一度チャンスを下さい。今度こそしっかりやりますから。」 「私の言葉が聞こえなかったのか?セフル。」 静かではあるが、アクラムは心底怒っている時の目をしていた。 「はい、お館様。」 セフルは仕方なく引き下がった。 「くそっ、許さないぞ、地の朱雀!」 セフルはふわっとした金の髪を持つ少年を思い出して憎しみの表情を浮かべた。 しかしすぐに表情が変わると、胸元へと手を伸ばした。 取り出したのは龍神の神子の着物の一部。 セフルはその布をそっと頬に当てると、瞳を閉じた。 |
何だかイノリと詩紋が仲悪くないですね、というかイノリがちょこっと出てきただけ・・・。
あの目立ちたがりのイノリが目立たないなんて珍しい。(笑)
今回急にセフルが自己主張を始めまして、突然セフル話を書いてしまいました。
資料なしで書いたのもあって、ゲームとはかなり違ってしまっています。
かわいいんだか何だかよく分からないキャラになっていますね。^^;
詩紋が徹底的に憎まれてしまいました。
人間の温かみに飢えているセフルというのを書きたかったのですが、こんなものですみません。m(__)m
終わり方も中途半端かも・・・。2000.11.07
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