チビ猿・悟空と三人の親バカ達より
『バレンタインチョコは誰の手に?』
朝。
いつものように椅子に座って新聞を読んでいた三蔵の視界の隅を、茶色い髪が揺らめいた。
その正体は、いわずと知れた三蔵宅のマスコット的存在である悟空だ。
さきほどから大人しく、三蔵の座る椅子のそばでかさかさと音を立てて何かをやっている。
(・・・・何やってんだ・・・・・・・・・・)
その様子を時々横目で窺いながら、三蔵は苦笑をもらしていた。
と突然、新聞を持つ三蔵の腕の下から、悟空がニッコリ笑って顔を覗かせた。
『えへ・・・・しゃんじょ、しょこに、いてね?』
そういうと、嬉しそうに床にしゃがみこんで何かを掴み取ると、悟空は器用に三蔵の膝によじ登っていった。
そしてちょこんと膝に腰を下ろし、手にしていたものを広げると満面の笑みで三蔵を仰ぎ見た。
『しゃんじょの、まねーーーーーー!!』
ニッコリ笑ってそう言う悟空が広げているのは、新聞の折込チラシの束。
それも、新聞のように二つ折りにしたチラシを数枚重ねてある。
四歳児にしてはなかなか頑張った風に見える。
『ね?しゃんじょと、おしょろいっ!!』
嬉しそうに足を揺らす悟空に、つい口元が歪んでしまう。
――――可愛くてしかたない。
たまらずに、三蔵は目の前にある柔らかな髪にそっと顔を寄せた。
『んーーーーー?』
ふと、チラシを眺めていた悟空が首を傾げて三蔵を振り返った。
そして小さな指で、チラシの一枚を指差す。
『ね、しゃんじょ、これ、なんってかいてあるの?』
小さな指が差すところには、カタカタで大きく”バレンタイン”の文字。
その下には美味しそうなチョコレートの数々・・・・。
(・・・欲しがるか?)
そう思いながら、三蔵は悟空の頭をひとなでして口を開いた。
『バレンタイン、だ。』
『ばれ・・・ん?』
『バ・レ・ン・タ・イ・ン、だ。』
『ふうん?なぁに、しょれ?』
不思議そうに口を”ばれたいん?”などと動かして、悟空は首を傾げた。
『何って・・・・・・・チョコレートをあげる日、だな。早く言うと。』
”チョコレート”の言葉に、悟空の表情が妙に生き生きと輝きを帯びる。
そしてそんな悟空の様子を面白そうに眺めていた三蔵を、悟空はキラキラした大きな瞳でじっと見上げた。
『んーーーーーーー!!ちょこぉ!?ばれたいん、おれも、ちょこ、ちょうだいっ!!』
『・・・・・気が向いたらな。』
『なんでぇ!?ばれたいんは、ちょこのひ、なんでしょ?』
気が向いたら、なんてことを言われ、悟空は少し、いや至極寂しそうに眉をひそめた。
口を尖らせて。
きがむかなかったら、くれないの?とつまらなそうに口にする。
自分の言葉に機嫌を損ね始めている悟空の髪を、三蔵は優しく撫で付けた。
『ま、正確に言うと、一番好きな相手にチョコレートをあげる日、だ。』
『いちばん、しゅきな・・・・・・・?』
少し考えた後、何を思ったか、悟空は安心しきった顔をして三蔵に笑いかけた。
『じゃぁ、だいじょぶ!!おれ、ちょこ、もらえるの!!』
―――・・一体その自信は何処から?
つい、そんな風に突っ込みたくなるほどに、言い切る悟空の表情は自信満々で。
思わず、悟空の髪を撫でていた三蔵の手が止まる。
『・・・なんでだ?』
『ん?だって、しゃんじょ、おれのこと、しゅきだもん。』
『・・・・・・。』
あながち間違いではないその言葉に、三蔵が押し黙る。
ただ無言で悟空の髪を再び弄り始める。
『えへ・・・・・・だってしゃんじょ、おれが、きしゅしても、おこんないでしょ?』
そういって、悟空は三蔵の頬にちゅっと音を立てて可愛らしくキスを落とした。
『きしゅは、しゅきなひととしか、しないもんね!!!』
だからしゃんじょは、おれのことが、しゅきなの!と。
悟空は半ば得意げに、そう言い切った。
思わず三蔵から苦笑がもれる。
『ああ、そーかもな。』
―――・・・・・・などと二人が仲良く戯れているところに。
『あれぇ悟空?僕だって、悟空のこと好きなんですけどねぇ?』
悪魔のような微笑をたたえた八戒が、マグカップを一つ手にして二人の前に腰を下ろした。
『あ、はっかい!!』
『はい、ココア入れてきましたよ。』
ニッコリ笑って、八戒は美味しそうなココアの入ったマグカップを悟空の前に置いた。
『ん、ありがとー!』
喜ぶ悟空を挟んで、三蔵と八戒の視線が空中で交わる。
(・・・邪魔すんじゃねぇよ。)
(あはは、邪魔しちゃいましたかね?)
お互いに視線を合わせているだけなのだが、そんな会話が交わされたかのように見えた。
『ね、悟空?悟空は僕のこと好きですか?』
美味しそうにココアを飲んでいく悟空を嬉しそうに眺めながら、八戒がさり気なくそう切り出した。
三蔵の肩がピクリと動く。
『ん?しゅきよ?』
『僕も、悟空のこと好きなんですよね〜?』
その言葉に、悟空はキラキラ目を輝かせて八戒を見つめる。
おそらく、尻尾があったら千切れんばかりに振りまくっていることだろう。
『ひゃーー!!じゃ、おれ、はっかいにも、ちょこ、もらえる!!』
『ええ、大きなチョコケーキ、焼こうかと思ってるんですよ!』
『うしょ〜〜!おっきなのーー!?ちょこけぇき!!』
空になったマグカップを握り締め、悟空は三蔵の膝の上に乗ったまま足を揺らした。
『・・・おい悟空、揺れるな。』
四歳児の体重をずっと膝の上に抱えている三蔵から、小さく苦痛の声があがる。
が、今の悟空に届くわけもなく。
嬉しそうに頬を染めて八戒に微笑みかけている。
『しょしたら、おれも、はっかいに、ちょこ、あげなきゃ!!』
『くれるんですか?うわぁ、嬉しいなぁ〜』
『俺サマのことも、忘れんじゃねぇぞ?』
不意に背後からかけられた声に、悟空は後ろを振り返った。
『ごじょ!!ごじょも、おれのこと、しゅきなの?』
『ったりめーだろ!?嫌いなわけねー。俺のオヒメサマだぜぇ、悟空は。』
ようやく起床した悟浄が、ぼさぼさした頭をかきながら近くのソファに腰を下ろした。
『おひめしゃま?おれ、おとこのこだよぉ??』
『はは、いーんだよオヒメサマで。』
『ふぅん?・・・・・あれ、でも、どーしゅんの?』
ニコニコしていた悟空が、ふと首を傾げて三蔵を見上げた。
『なにがだ?』
『ん。だってね、ちょこ、いちばんしゅきなひとに、あげるんでしょ?』
いちばんなんて、わかんない。と。
悟空はしゅんと項垂れてしまった。
確かに、三蔵・八戒・悟浄にとっては悟空がイチバンだ。
だから三人はそれぞらで悟空に渡せばいいだけなのだが。
三人の中からイチバンを選ぶ悟空にとってはかなり難しい問題なようだ。
むぅ、と考え込んでしまう四歳児。
しん・・・・・・と部屋が一瞬静まり返る。
『・・本当ですねぇ・・・・・』
『うーーん・・。イチバン、ねぇ・・・・。』
やがて、八戒と悟浄が腕を組んで首を傾げだす。
と、悟浄がぽんと手を打ってにやりと笑みを浮かべた。
そして。
『っつーことはだ。悟空のイチバンがこれで決定するわけじゃねぇの?』
三蔵八戒、それを言った悟浄も、一同に凍りつく。
(((・・・・・悟空のイチバンが・・・・・!?)))
数日後に迫り来るバレンタインデーで、悟空が誰を一番だと思ってるのかが解るということなのである。
とたんに三人の間に見えない火花がスパークする。
『ふ・・・誰が悟空の一番なんでしょうかね?』
『ま、普通に考えて俺なんじゃねぇの?』
『バカか貴様。誰が一番なんて悟空をちょっと見てりゃ解るだろーが。』
三蔵の膝の上で未だ悩み続けている悟空をよそに、三人の醜い言い争いが始まる。
―――悟空のイチバンは、自分に決まってる!!!
三人の思惑は、一様にそれだった。
―――やがて迎えた二月の十四日。
朝から三蔵宅には異様なまでの悶々としたオーラが漂っていた。
『なんで・・・・・・なんでなんでしょう・・・・』
キッチンに椅子を置いて、背を壁に預けてぶつぶつ言っているのは八戒。
『・・・・・負けた・・・。負けたのか俺は・・・・・。』
ソファに両手両足を投げ出して大の字に転がって、目から一筋の涙を流しているのは悟浄。
そしてリビングには――
『・・・・・・・・・・・・・・・・・。』
何も言わずに、逆さまの新聞を手に窓の外をうつろな瞳で眺めている三蔵がいた。
彼らの手元には悟空から頂いたチョコレートは――――――見当たらない。
『おいしぃ?』
コタツに寝転んで笑っている悟空の手にある板チョコレートをただ一人食べているのは・・。
『ピィーーーーーー』
―――ジープ、だった・・・・・・。
おいしそうに悟空の手からチョコレートを食べさせてもらっている。
悟空がチョコレートをあげた唯一のあいて、それはジープだった。
誰がイチバンかを悶々と考えた悟空のはじき出した答えが、これ。
イチバンの人にあげようと思って買ったチョコレートは、結局三人の中で誰がイチバンか悟空は選べずに、悩んだ挙句にジープにあげることとなってしまったのである。
(((・・・こんなことになるんだったら・・・・・)))
チョコレートは、イチバンとか関係なく、好きな人全員にあげるのだと言っておけば良かったと。
三人は胸の中で今までにないくらい後悔をしていた。
けれど、後悔先に立たず。
『みんな、ごめんねぇ?だって、おれね、みんな、しゅきだもん・・・えらべなかったんだもん。』
ねぇ〜きいてる〜?と呼びかける悟空の声が、廃人と化した三人の間を虚しく通り抜けていった。
あとがき
はじめに。ご意見くださった方々、ありがとうございました!!
結局、チビシリーズになりました。ぺこり
色々な方がチビシリーズに好感を持っていただいてるようで・・
嬉しかったです!ありがとうございました!!
というわけで。バレンタインフリー企画です。
というか。フリー企画久しぶり?
こんなんでごめんなさい;
相変わらず訳わかんなくって、ごめんなさい。苦笑
皆様に素敵なバレンタインが訪れますようにv
2003・02・11 橘蒼天 |