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「天にまします 我らの父よ
願わくは御名をあがめさせたまえ
御国を来たらせたまえ
御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ
我らの日用の糧を今日も与えたまえ
我らに罪を犯すものを
我らが許す如く
我らの罪をも許したまえ
我らを試みにあわせず
悪より救い出だしたまえ
国と力と栄えとは
限りなく汝の物なればなり
アーメン
今日も全ての人々に主のご加護がありますように」

日課である主への祈りを済ませた少年は、陽の光のような明るい髪をなびかせながら水汲みのために井戸へと向かった。
「よいしょっと!」
桶を引っ張り上げた少年は手馴れた様子で礼拝堂へと戻って行く。
冷たい水に雑巾を浸した少年は、布をキュッと絞って床の拭き掃除を始めた。
春とはいえまだ寒さの残る時期で、少年の口からは白い息が漏れていた。
「かみーのみこーはこよーいしもー ベツーレヘムーにうまーれーたもうー」
無意識のうちに歌い慣れた賛美歌を口ずさみながら、少年は熱心に床を拭いている。
熱心なクリスチャンなのだろう。
首にはロザリオと、そしてもう1つ非常に細かい細工の美しいペンダントを下げている。
「リュート、お祈りは済ませましたか?」
優しげな女性の声が聞こえ、リュートと呼ばれた少年は手を休めた。
声を掛けたのは30代半ばくらいのシスターであった。
「あっ、フレア様。はい。済ませました。」
「そうですか。いつもご苦労様です。」
「そんな。身寄りのない僕をここまで育てて頂いたご恩は、こんなことくらいでしか返すことができませんから。」
「でもあなたはちょっと無理をしすぎてしまうところがあるから、心配だわ。」
「そんなことはないです。好きでやっていることですから。」
「それじゃあお願いね。」
「はい、フレア様。」
シスターが出て行くと、リュートは再び床を拭き始めた。

物心ついた時は既にリュートに両親はおらず、孤児院にいた。
孤児院のシスターは実の母親のように優しく接してくれ、そんなシスターの影響もあってリュートは敬虔なクリスチャンとして心優しい少年に育っていた。
いつでも笑顔を絶やさない少年は、この小さな田舎町の全ての人々から愛されていた。
リュートを引き取りたいという申し出も何度かあったのだが、世話になったフレアに恩返しをしたいという理由から全て断っていた。
「リュート、スミスさんのお家に行けば幸せに暮らすことができるのよ。」
「フレア様は僕がここにいると迷惑ですか?だったら、僕一生懸命働いてお役に立てるようにしますからどうか・・・。」
「そんなことを言っているのではないのよ。私だってリュートがいてくれて、どんなに助かっているか。でもそろそろ私達のことばかりではなくて、自分の幸せのことも考えても良いのではないかしら?」
「僕は、この孤児院でみんなと一緒にいるのが幸せなんです。」
「そう。それほどまでに言うのなら、もう何も言わないわ。スミスさんには私から断っておきます。」
「すみません、フレア様。」
「いいのよ。それより、買い物を頼んでもいいかしら?」
「はい、もちろんです。」
「じゃあパンを買ってきてちょうだい。」
「はい。行ってきます。」
そう言ってリュートは町へと出掛けて行った。

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