第8話

それはアルスが16才になる誕生日のことであった。
「起きなさい。起きなさい、私のかわいいアルスや。」
16にもなる息子に向かって”かわいい”もないと思うが、アルスは母親のエレンの呼ぶ声で目を覚ました。
「おはようアルス。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。アルスが王様に旅立ちの許しを頂く日だったでしょ。この日のために、お前を勇敢な男の子に育てあげたつもりです。」
そう、今日はアルスにとって特別な日だった。
まだアルスが赤ん坊だった頃に命を落とした父、オルテガの遺志を継いで魔王を倒すべく旅立とうというのである。
エレンが部屋を出て行くと、アルスは素早くベッドから飛び降り、引き出しを開けた。
引き出しから取り出したのは力の種だった。
(これを食べれば少しは力がつくかな?)
手早く身支度を整えて部屋を出ようとすると、エレンが待ちかねたように言った。
「さあ、母さんについていらっしゃい。」
「はい、母さん。」
階段を降り、家の玄関を出る。
向かう先は、アリアハン城であった。
2人は黙ったまま城の前の橋へとやって来た。
そこで初めてエレンは息子を振り返ると、声を掛けた。
「ここから真っ直ぐ行くとアリアハンのお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあ、行ってらっしゃい。」
しかしアルスは気後れしているのか、なかなかその場を去ろうとしない。
「アルスや、どうしたの?王様に会っていらっしゃい。」
アルスはようやく城へ向かって歩き始めた。
橋を渡ったものの城門には入らず、アルスは脇の方へと進んで行った。
アルスが向かったのは城の中庭であった。
真っ直ぐ王の元へ向かう決心がまだつかないのであろうか?
中庭には1人の女性がたたずんでいた。
アルスを見つけると、女性は嬉しそうに声を掛けてきた。
「まあ!わざわざこんな所まで私に会いに来て下さったの?」
「いいえ・・・違います。何となくこちらの方へ来てみただけです。」
こんな時、気のきく男性ならば、女性を喜ばせるような返事を返すのであろうが、アルスはそういったことに関して全く関心がなかった。
女性はがっかりしたように言った。
「そう・・・・・・。たまたま来ただけ?カンゲキして損しちゃったわ。」
アルスは正面からではなく脇の扉から入ろうとしてみたが、扉にはしっかりと鍵がかけられていた。
「あら、そこは鍵がかかっているわよ。お城に用事があるのなら、正面の城門から入らなくちゃ。」
「ありがとうございます。」
アルスは女性に頭を下げると、城門へと向かった。
今度はもう迷いはなかった。
アルスは城内へと足を踏み入れた。

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