前夜

「すまないカイン。お前まで・・・・。」

「その幻獣とやらを倒せば陛下も許して下さる。また赤い翼に戻れるさ。」

「・・・・。」

しかしセシルは俯いて黙りこんでしまった。

「気にするな。準備は俺に任せて今夜はゆっくり休め。」

カインはセシルの肩をポンと叩くと、歩み去って行った。

セシルに対して警告するように兵士達が小声で話し掛けてきた。

「陛下についていろいろ言われていますが、陛下の耳にでも入ったら・・・・。」

「命が惜しければ変な事はお考えにならないことです。」

セシルはカインに対してすまないという気持ちがどうしてもぬぐえず、カインの部屋を訪れることにした。

「どうした?」

「すまなかった、カイン・・・・。」

「まだそんなことを言ってるのか。お前らしくもない。」

しかしセシルは首を横に振ると、言葉を続けた。

「僕は陛下の命令で暗黒剣を極めた。でもそれはバロンを守るためで、罪もない人々から略奪をするためではなかったはずだ。」

目から涙が溢れそうになる。

「そんなに自分を責めるな。陛下にもお考えがあってのことだ。」

暫くの間、沈黙が続いた。

やがてセシルが口を開いた。

「カイン、お前が羨ましいよ。」

暗黒騎士ではなく、竜騎士であるカインが羨ましかった。

こんなことならば、暗黒騎士になどなるのではなかった。

セシルは心からそう感じていた。

セシルの言葉を受けて、カインが言葉を続けた。

「俺の父も竜騎士だった。暗黒剣を極めれば階級も上がるだろうが、俺にはこっちの方が性に合う。それに竜騎士でいれば、幼い頃死に別れた父をいつでも感じられる気がしてな・・・・。」

カインの表情が僅かに曇ったような気がしたのは気のせいであろうか?

「・・・・。」

もしかしたら、カインは暗黒騎士になりたかったのだろうか?

ふと、セシルはそう思った。

「フッ、らしくない話をしてしまったな。ともかく考えすぎるな。お前がそんなじゃ張り合いがない。幻獣を倒すのは俺だぞ。」

先程の表情は消え去り、いつものカインに戻っていた。

やはり気のせいだったのかもしれない。

「僕も負けはしない!」

セシルはようやく笑顔を見せた。

「明日は早い。早く休め。」

「ああ、お休み、カイン。」

「お休み、セシル。」

セシルはカインと別れると部屋へ戻ろうとしたが、何となく戻るのがためらわれて、自然と兵士達の部屋へと向かっていた。

セシルが飛空艇部隊長の任を解かれたことを知らない竜騎士は、セシルに憧れの眼差しを向ける。

「我が竜騎士隊のカインさんと赤い翼のセシルさんが組めばコワイもんなしでしょう!」

「セシルさんはミストの谷へ行かれるんでしたよね?ミストの谷はバロンより北西。いつも深い霧がたちこめてるそうです。どうかお気をつけて。」

その時、1人の兵士が意を決したように言った。

「実は気になっていることがあるのです。最近の陛下からは異様な雰囲気を感じるのですが・・・・。」

「私は陛下を信じてます!」

別の兵士が揺るぐことのない瞳で言う。

やはりもう一度陛下にお会いしよう。

そう決心して、セシルは玉座の間へと向かった。

しかし・・・。

「陛下はご立腹です。ミストへボムの指輪を届けるまでは会いたくないと申しております。」

兵士の冷たい一言によって追い返されてしまったセシルは、城の1階へと向かった。

「ミシディアからクリスタルを持って来たそうですね!」

兵士が喜び勇んで話し掛けてきたが、セシルにとっては辛い思い出が甦るばかりであった。

すぐ側には、こっくりこっくりと俯き加減で揺れている兵士が立っている。

まぶたは完全に閉じていた。

疲れているのだろう。

「・・・・!?ね、寝てなんかいませんよ!」

近付いてみると、はっとしたように目を開けた兵士の様子がおかしくて、セシルも思わず微笑んでしまった。

「この部屋の宝を幻獣討伐に持って行って良いとのことです。壁にあるスイッチを押せば扉が開きます。」

とある部屋の前に立っている兵士が陛下からの伝言を伝えてくれた。

「ありがとう。」

そう言ってセシルは壁にあるスイッチを押すと、部屋の中へと足を踏み入れた。

いくつかの宝箱の中からギルや、エーテル、テントを手に入れると、セシルは地下の黒魔法研究室へと向かった。

セシルを見つけた黒魔道士の1人がいきなり呪文を唱えてきた。

「スリプル!」

しかし何事も起こらない。

「あれ?眠くない?おかしいなあ。」

黒魔道士は首をかしげている。

「早く実戦に役立つよう、研究の最中です。」

別の黒魔道士が言う。

「ファイア、ブリザド、サンダーの基本魔法だけでは手に負えない魔物もいる。より強力な魔法がかつてはあったらしいのだが・・・・。」

そう言って真剣に悩んでいる魔道士もいた。

次にセシルは白魔法研究室へと向かった。

「ローザはあなたの力になりたいと言って、白魔道士の道を選んだのよ。あまりローザに心配かけないでね!」

ローザというのは、セシルが愛しく思っている女性であった。

ローザの方も、セシルを心から愛していた。

ローザと仲の良い白魔道士に言われ、セシルは分かったと頷いた。

「初歩の白魔法を研究しているところです。白魔法三段活用。ケアル、ケアルラ、ケアルダ!」

そう言って熱心に呪文の名前を暗記している若者もいる。

「最近の陛下は以前にもまして生命力がみなぎられている。しかしどこか・・・・。」

そう言う白魔道士の顔は不安そうであった。

やはり陛下はどこか変わられてしまった。

セシルの胸にやるせない思いが広がる。

続いてセシルは、中央バルコニーへと向かった。

セシルの姿を認めた兵士がはつらつとした声で報告する。

「異常ありません!」

しかしもう1人の見張りはやはりおかしな空気を感じているようであった。

「近頃城の雰囲気が澱んで感じるんですが・・・・。」

セシルが宝物庫の前を通りかかると、兵士が義務的な声で言った。

「ここは代々バロンに伝わる宝物が安置されていて立ち入りは禁じられています。」

セシルの部屋は実を言うと、玉座の前からはかなり離れている。

自分の部屋に戻る途中で、様々な場所を通ることになる。

別に立ち寄らなくても良い場所は多いのだが、明日ミストの村へ旅立つことを思うと、皆の顔を見ておきたいという気持ちが沸き起こり、ついついあちこちへと足を向けてしまっていた。

セシルは次に東のバルコニーへと向かった。

東のバルコニーでは飛空艇の整備士達が働いていた。

赤い翼の隊長であったセシルとは、自然と顔馴染みの者が多くなる。

「シド親方を見ませんでしたか?飛空艇の整備を私らに任せて何やら考え事してるんですよ。」

「いや、会わなかったが・・・。」

「そうですか。一体何を考えているんだか。」

近くには、思い切り伸びをしている若者がいた。

口からは思わずグチがこぼれてしまう。

「あーあ、今日も徹夜か。」

しかしセシルの姿を見つけると、慌てて口を塞いだ。

「お、親方には内緒ですよ!し、仕事は楽しーなーっと!」

セシルが告げ口をするような人間ではないことを知っていて、そう言いつつ仕事を続ける。

東の塔の前を通りかかると、きつい表情の兵士が立っていた。

「この塔は立ち入り禁止です。」

セシルが西の塔の方へと向かおうとすると、彼を呼び止める声が聞こえた。

- 完 -

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