貿易センターの近くを歩いていると、男性に声を掛けられた。
「そこの貿易センターを見てみたかね?」
「いいえ。」
「いつもなら商人で一杯なんだが、今はさっぱりだ。和平会議が開催されることになって、商人がやって来やしないせいだよ。バーランド返還交渉と和平協議なんて1つでも難しい話をまとめてやったら、戦争にまで発展しかねないんだから。」
すると老人が言葉を続けた。
「グラビー総督の腹の中は分からんけど、我々サラバンドの一般市民はみんな共和国の主張を支持しとるんじゃよ。」
「シンビオス様、そこの女性にも話を聞いてみましょう。」
ダンタレスの言葉に従って、シンビオスは女性に話を聞くことにした。
「名参謀だったベネトレイム国王のため、帝国は相当警戒しているという話だわ。共和国が何かを仕掛けてくる前にって息巻いてる兵士もいるって話だから、あなたも気を付けた方が良いわよ。」
「ご忠告ありがとうございます。」
「気を付けましょうね。シンビオス様。」
マスキュリンが辺りをキョロキョロしながら言った。
「他にも話を聞いてみましょう。」
グレイスが言った。
「そうだね。」
「和平会議の開催中の武器類の販売は自粛の要請が出ているらしくて、武器屋は商売が上がったりだそうです。試しに私も武器屋に行ってみたらやっぱり売ってなかったどころか、すっかり片付けられてました。」
「ああ、何てヒマなんだろう・・・。和平会議の間、人の流入が制限されて、お陰で商売が上がったりの状態だよ。サラバンドで商売が成立しないと、レイルロードで待機中の食料などがあの町の荷置き場で腐っちまうよ。」
人々の話では、どこも商売上がったりの状態らしかった。
「会議の開催中は、商売はできないということですね、シンビオス様。」
「貿易の国なのに商売ができないって変よね。」
「会議が滞りなく済んで、早く元の活気が戻るといいのだけれど。」
「次は酒場へ行ってみましょう。」
シンビオス達はヨブのクジラ亭という酒場に足を踏み入れた。酒場ではケンタウロス達がヒマを持て余していた。
「私らは貿易センターの取引の内容を、レイルロードに持ってくのが仕事です。ところが取引が起きないものですから、ここで朝からヒマ潰しって訳ですよ。」
「オレ達は自慢の足が商売道具だから、仕事にあぶれ酒浸りだと足が鈍るのさ。それでバルサモにひとっ走りしたんだ。あの町は仮面の僧ばかりでビックリさ。ホント、何が起きたのかと思ったんだ。何でも、和平会議の成功祈願が目的らしい。」
同じくヒマそうにしていた酒場のマスターが、シンビオスを見て言った。
「あんた、年上の女性から好かれるだろ?」
「えっ?そんなことはないと思いますが・・・。」
「えっ、そんなはずないだろ・・・。この商売を20年もやってるがね。ワシの目が狂ったことはないんだよ。あんたは年上の女性に可愛がられる。絶対にそういうタイプなんだけどな?」
マスターは自身たっぷりにそう言った。
「そ、そうですか?」
シンビオスは、マスターの迫力に圧倒されてしまっているようだ。
そのうちに女性店員が一行を見つけて近付いて来ると、シンビオスに向かって声を掛けてきた。
「いらっしゃいませ。あら、あなた・・・。入国パレードの時に気付かなかったけど、共和国にもこんな可愛い子がいたのね?お姉さん、あなたみたいな人が好みなの。今晩、絶対にもう一度いらっしゃいな。そしたら・・・うふふ、忘れないでね。」
「何をですか?」
「んもうっ、分かっている癖にぃ。じゃあまた後でいらっしゃい。」
そう言って女性店員はウィンクをすると、その場を去って行った。
「マスターの言っていたことは、当たっていたみたいね。」
マスキュリンが言った。
「不謹慎なっ。シンビオス様、もうこんな店へ来ては駄目ですからね。」
ダンタレスはお冠のようである。
そこへ別の店員がやって来た。
「おや、あなたは共和国の方でしたわね。とっても真面目そうに見えたけれど、昼間からお酒でも飲みにいらしたの?若いうちからお酒ばかり飲んでると、この人達と同じ様になっちゃうからやめておいた方が良いと思うわ・・・。」
「あの、話を聞きに来ただけなんですが。僕はまだお酒が飲めませんし。」
「あら、そうだったんですか?ごめんなさいね。早とちりしてしまって。ごゆっくりどうぞ。」
店員は恥ずかしそうに去って行った。
「もう少し、他の客に話を聞いてみませんか?シンビオス様。」
「そうだね、グレイス。」
シンビオス達は、他の男性客に話を聞いてみることにした。
「私達っていつも商売のことばかり・・・。だからこうやって酒を飲んでゆっくりするのも、たまには良いですな。」
「共和国は会議が思惑通りに進まないため、サラバンドで騒動を起こすつもり・・・そんなウワサが流れているのですけどね。策士ベネトレイム国王がお越しだから、余計な憶測が先行しているだけでしょ?そんなことしたら、全面戦争ですものね。」
「嫌な噂が流れていますね、シンビオス様。」
「うん。本当に早く和平が成立するといいね。」
「あっ、あれは帝国兵ですよ、シンビオス様。」
「彼らにも話を聞いてみよう。」
「えっ、大丈夫ですか?やめた方が・・・。」
「でも帝国側の意見も聞いておいた方がいいよ。それにこんな場所で何か起こすとも思えないし。」
「そうですね。何かあったら、私達がお守り致しますから。」
「大丈夫。何もないよ。」
そう言ってシンビオスは帝国兵の元へ向かった。
「おや、お前は共和国の者じゃないか?帝国軍に声を掛けるとは良い度胸だ。」
その言葉を聞いて思わず足を踏み出そうとしたダンタレスであったが、シンビオスに制された。
「酒場でいがみ合いなんて下らんよな。」
帝国兵は意外にも笑みを浮かべながら、そう言葉を続けた。
「大丈夫みたいね。」
「帝国兵の全てが私達に敵対心を持っているというわけではなさそうね。」
マスキュリンとグレイスはほっとした様子である。
「主人のマジェスティ王子は良いお方だ。こうして酒場に入り浸っていたって文句1つ言わない、大らかな方だよ。」
その兵士はどうやら第1王子直属の兵らしかった。
その側には第2王子直属の兵がいたが、彼らは仕える王子が異なっているにも関わらず、仲良く酒を飲んでいた。
「我が主人、第2王子のアロガント様はいつもピリピリと神経質な方だがら、近くにいるとホントに疲れちまうぜ。側近のクリュエル将軍がまた・・・底の知れぬ方ときてるから始末に悪い。メディオン王子軍にでも変わりたいよ。」
3人の王子はそれぞれタイプが違うようだ。
シンビオスは残りの帝国兵に話掛けた。
「マジェスティ王子の側近と言ったら美しい女神、スピリテッド様のことだ。あの方は帝国中の憧れの的なんだ。だが外見とは裏腹に、怒らせたら怖いぜ。軍の統率力も自身の戦闘能力も高くて、帝国軍の将軍連中も一目置いてるのさ。」
「王子の側近はなかなか優れた人物のようだね。」
「そうですね。後でベネトレイム様に報告致しましょう。」
「そろそろ外へ出ましょうか、シンビオス様。」
「そうだね、他にお客はいないみたいだし。」
シンビオス達は一旦外へ出ると、酒場の屋上へと目を向けた。 |