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『宿泊ならこちら!

 サービス満点、料理もうまい

      ユークリッドINNへ』

宿屋にはこんな看板が掛けられていた。

クレスが宿内へ足を踏み入れると、少女が忙しそうに働いていた。

「はい、どいて、どいてぇ〜。今、掃除中だからねぇ〜。」

客にも構わずに掃除優先らしい。

「私、ここでパートタイムで働いているの。宿屋って結構稼げるのよね。」

そう言って少女は笑顔を見せた。

客室を覗いてみると、客がぐっすりと寝入っていた。

「ZZZ・・・。」

気持ち良さそうに寝息をたてている。

しかしその様子は少し異様だった。

「寝てる・・・。しかも、目を開けながら・・・。」

クレスはそうっとその場を立ち去った。

「いらっしゃい!ここは100年以上続いている歴史ある宿屋ですぜ。」

宿屋の主人が元気に声を張り上げている。

「お泊まりっすね?一晩12ガルドになりやすぜ。」

「いいえ、今日はちょっと・・・。」

「ありがとうございやした。また、来て欲しいっす!」

主人に見送られ、クレスは再び宿の外へと出て行った。

ベンチの前を通りかかると、1組のカップルが腰掛けていた。

「君と一緒に居られるだけで、僕は・・・。ああ、夢のようだ・・・。」

「・・・・・・。」

男性の方は、辺りを憚ることなく愛を語っていた。

女性の方は恥ずかしいのか、無言である。

ユークリッドには、様々な店が存在していた。

(何でも屋『めろめろ』かあ。何だかすごい名前だな。)

「いらっしゃい。」

主人は買い物客に活きの良い声を掛けている。

「ありがとやんした。」

そんな中、広場の方から何やら楽しげな曲が聞こえてきた。

(あっ、さっきのジャグラーかな?)

音楽に誘われて足を向けてみると、ピエロの格好をした人物が、曲芸をやっていた。

いくつものお手玉を軽々と放り投げては、見事にキャッチしている。

周りには大勢の子ども達が集まっていた。

「僕もやってみたいな〜。」

「すっごーい!あの人、サーカスの人かなぁ?」

「きゃははははは〜〜。面白〜い!!」

「すごいうまいねぇ〜。あの人、どうやったらあんなに器用なことできるのかしら?」

「ジャグラーって、すごい人なんだねぇ〜!」

子ども達は皆、目をキラキラと輝かせてピエロを見つめている。

「私が、十二個のお手玉を自在に操る世界一のジャグラーなんだよぉ〜。」

ピエロは得意そうに言った。

ジャグラーの技にいつの間にか見入っていたクレスは、食材屋『マリオン』へと足を向けた。

「いらっしゃい。」

そう言って出迎えた店員はクレスが驚いたような顔をしているのを見て、首を傾げた。

「?どうしたの、お客さん?」

「・・・あの・・・、そこのブッシュベイビー・・・。」

クレスはカウンターの上を指差した。

「えっ!?」

その声に驚いたのか、ブッシュベイビーはクレスの側へ駆け寄ると、そのまま走り去って店を出て行ってしまった。

「・・・もう!また、雑貨屋のペットね!全く、いつの間に入り込んでいたのかしら?」

そんな中、女性が店にやって来た。

「買物、買物・・・。」

「さてと・・・、今夜のおかずは、何にしようかしら・・・。」

1人は主婦らしい。

女性の独り言を耳にした店員は、クレスに向かってこう言った。

「料理の事について聞いていきませんか?」

「はい。聞かせて頂けますか?」

クレスは料理の事について聞いてみることにした。

「食材は単体では、ほとんど意味がありません。料理して初めて、充分な効果が得られます。そこの料理人とも、話をするといいですよ。」

店員に言われた方を見てみると、テーブルについていた客が待ちきれないように言った。

「腹減ったなぁ〜っと。」

クレスは店員に礼を述べると、料理人の方へと近付いて行った。

「私は『素晴らしき味の世界』の住人。この味を、より多くの人に伝えたい!君も、私の世界に触れてみないか?」

「はい。宜しくお願いします。」

「では、この料理を伝授しよう!」

そう言って料理人は、ロールキャベツの作り方を教えてくれた。

「料理は、作れば作るほど上達する!日々修行するのだ!」

「分かりました。ありがとうございました。」

クレスは別に料理人になるつもりはなかったが教えてもらった手前、素直に礼を言った。

店内は食事をする人々で賑わっていた。

「お腹すいた〜っと。何にしようかな〜っと。」

そんな声が聞こえてくる。

その中でクレスは、気になる噂を耳にした。

「噂話を一つ・・・。ユークリッドの独立騎士団から、部下を引き連れて離反した男がいるらしいよ。あくまで噂だけどね・・・。」

騎士団から離反する者がいるなんて、クレスには信じられなかった。

何故ならば、自分も騎士に憧れを抱いていたからである。

頭の中でそんなことを考えていると、食材屋の声が響いてきた。

「はい、いらっしゃい。どうもありがとう。」

はっと我に返ると、1人の少年がクレスをじっと見つめていた。

「もしかして、田舎者?」

少年はポツリと言った。

自分はこの町ではそんなに田舎者に見えるのだろうか?

しかし気にしていても仕方がないので、クレスは宿屋を後にした。

比較的大きな屋敷があった。

町の人に聞いてみると、その屋敷はマルス邸とのことだった。

「あら、こんにちは。」

マルス邸の婦人は親しみやすい笑顔で挨拶してくれた。

屋敷では猫が飼われていた。

「にゃーん。」

猫もクレスに挨拶をしてくれているようだった。

クレスはマルス邸を後にした。

- 第14話完 -

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